患者の達人
腹膜透析の情報誌「スマイル」
2023年スマイル春号 腹膜透析(PD)と共に自分らしく暮らす患者さんをご紹介します。
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。
PDの処方は医師の判断に基づき行われます。また、「患者の達人」の記事には患者さん個人の感想・意見が含まれており、全ての方に該当するものではありません。
自由に時間を使えると看護師に勧められ、PDを選択
坂本さんは50歳を目前にしたころ、仕事先で心筋梗塞のため倒れ、聖路加国際病院で一命を取り留めました。回復後、勧められて受けた人間ドックで腎臓が弱っていることが分かり、同院で腎臓病の治療を続けることになりました。
写真:左から伊藤先生、坂本さん、看護師の徳元さん
55歳時に受けた腎生検は良好な結果で安心していましたが、65歳になると主治医から「そろそろ腎代替療法を導入しましょう」と告げられてしまいます。「加齢とともに徐々に腎機能が低下していたのでしょうね。塩分を控えるよう指導されていたので、50歳ごろから刺身を食べるときもしょうゆは一切使わず私なりに注意してきたつもりでした。腎代替療法についても説明を聞いていたのですが、まさか透析が必要になるとは思わなくて。ちょうど店の代表を長男に任せたところでしたが、私がやらなければいけない仕事もまだ多く、町内会や学校の役員も引き受けていたため、週3回病院に通うのは難しい状況でした。看護師さんから血液透析(HD)に比べてPDは比較的自由に時間を使えると聞き、PDを選択しました」と説明します。
2020年12月に入院してカテーテルを入れ、翌年の春から夜寝ている間に機械で自動的に透析液を交換するAPDを開始しました。「機械が利口なので、私が手順を間違えるとすぐに指摘してくれます。毎日やっているとうっかりミスしてしまうことがあるのですが、『元に戻れ』と指示が出るので助かっています」と機械を信頼しているご様子。「熟睡できずに途中で目が覚めてしまうこと、絆創膏やガーゼをとめているテープが痒いことを除けば問題はなく、一度も治療を休んだことはありません」と胸を張ります。
機械と透析液を車に載せて孫と一緒に旅行
坂本さんの食事は、同居する2歳と1歳のお孫さんと同じようにご家族が薄い味付けでつくってくれます。最初は味気ない食事が嫌だったそうですが、近ごろでは外食すると味が濃過ぎると感じるようになり、濃い味付けの食べ物は家族に譲るようにしています。
PDを始める前は1カ月に1度は京都に行っていたというほどの旅行好きで、PD開始後も自動車にAPDの機械と透析液を載せて、奥様やお孫さんたちと一緒に出かけています。「2022年は、サクランボ狩りをしに山形へ、ミカン狩りをしに筑波山(茨城県)の近くに行きました。私は心配性なので機械を車に載せて自分で運んでいますが、宿泊先まで送ってくれるバクスターのサービスもあるそうです。滞在したホテルで尋ねたところ、私のようなPD患者も泊まっていると教えてくれ、機械を部屋まで運んでくれるなどとても協力的でした」と話します。
「不整脈でときどき胸が苦しくなったり、65歳を過ぎたころから足が痺れるようになって長く歩くことができなくなったりしましたが、体調は良好ですよ」と坂本さん。「2022年は仕事が忙しくて予定していたブドウ狩りに行くことができなかったので、2023年こそブドウが木に実る様子を孫たちに見せたいですね。孫たちとは一緒に風呂に入ったりおやつを買いに行ったりと、普段から一緒に過ごしています。私が朝起きると真っ先に『じいじ、じいじ』と呼んで側に来てくれるのが嬉しくて。これからもできる限り長くPDを続けて、孫たちと一緒に出歩きたいと考えています」と笑顔を見せてくださいました。
ドクターからのメッセージ
聖路加国際病院 腎臓内科
伊藤 雄伍 先生
坂本さんは2021年の5月からPDを開始されました。月1回、奥様と一緒にPD外来を受診され、普段の生活の様子を楽しそうに話してくださいます。PDを継続しながら続けている仕事のこと、趣味の眼鏡のこと、乗っている車のことなどお話の内容はPDだけに限りません。私たちPDの診療チームも坂本さんが楽しそうに話される生活の様子を聞いて、PDを通じて患者さんの希望に沿った質の高い医療が提供できる喜びをかみ締めながら診療に当たっています。今後も坂本さんの生活に寄り添いながら、より良い治療を継続できるようお手伝いしていきたいと考えています。