巻頭特集
腹膜透析の情報誌「スマイル」
2022年スマイル夏号 腹膜透析(PD)患者さんに役立つ特集記事です。
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。
京都市立病院
- 家原 典之 先生
腎臓内科 部長
-
貧血になるとどのような症状が現れますか。
-
貧血というと、血が足りなくなってふらっと倒れるとイメージする方が多いですが、実際は血液中の赤血球に含まれるヘモグロビンの量が減り、血液が薄くなっている状態を指します。ヘモグロビンは全身に酸素を運ぶ働きをしているので、量が減ると運べる酸素量も減ってしまい、必要な酸素量を体に行き渡らせようとして心臓は何度も拍動しなければならなくなります。そのため貧血で最初に出る症状は、ちょっと体を動かしただけなのに胸がドキドキする、動悸です。
重症になると、立ちくらみ、息切れ、めまい、頭痛、喉が乾く、呼吸や脈拍が速くなるといった症状が現れます。また、腎臓や心臓、肺、脳、筋肉といった臓器に酸素が行き渡らなくなり、臓器障害を起こす原因にもなります。 -
貧血の原因を教えてください。
-
貧血の原因は大きく分けて3つあります。1つ目は骨髄に問題が生じて赤血球が十分につくられなくなることです。赤血球は骨髄でつくられますが、がんなど他の細胞が増え過ぎてしまうと赤血球を十分につくることができなくなります。2つ目は赤血球をつくるための材料不足です。鉄やビタミン、ホルモンなどが不足すると赤血球をつくることができません。3つ目は、つくられた赤血球がなんらかの原因で壊れてしまうことです。
-
腎臓病患者さんに起こりやすい貧血とは、どのようなものですか。
-
一般の貧血では、ヘモグロビンのもととなる鉄不足が原因で起こる鉄欠乏性貧血の割合が最も多いとされていますが、腎臓病患者さんの場合はほとんどが「腎性貧血」です。
腎臓は、エリスロポエチンというホルモンを分泌して骨髄に赤血球をつくらせています。しかし、腎機能が正常な状態の6割程度まで低下すると、エリスロポエチンの分泌量が減少して赤血球がつくられにくくなります。このエリスロポエチン不足が原因で起こる貧血が腎性貧血です。ただし、他の原因による貧血の可能性もありますので、原因の鑑別が必要です。 -
貧血の発見には特別な検査が必要ですか。
-
外来受診時に行われる血液検査でほとんどが判明します。血液検査の結果では「Hb」の記号で示されるヘモグロビン濃度を見ると、貧血かどうか判断できます。PD患者さんの場合、ヘモグロビン濃度は11〜13g/dLが正常範囲とされています。なお、消化管出血が原因であれば便の検査、骨髄に病変があれば骨髄の検査が必要になりますが、頻度は高くありません。
-
貧血を治療せず放置するとどうなりますか。また、貧血はPD治療に影響がありますか。
-
まず、検査値が1~2回少し低いぐらいであれば、自然変動の範囲内と考えられますが、何度も続けて基準値を下回っているような場合は問題です。貧血は、背景にある病気の症状の1つとして現れることもありますので、放置するとその病気の発見が遅れてしまいます。がんなどの貧血の原因となる病気を見逃さないためにも、早めに診断を受けることが大切です。
また、貧血は残存腎機能に影響を及ぼす可能性があります。残存腎機能に影響を与えるのは貧血だけではありませんが、PD治療において残存腎機能を守ることはとても大切ですので、その1つの要因となりうる貧血を適切に治療する意義は大きいです。自覚症状がなくても、普段から検査結果には留意しましょう。 -
貧血の治療について教えてください。
-
基本的には、貧血の原因を鑑別し、原因となる病気への対応も含めた治療を行います。
腎性貧血に対しては、エリスロポエチンの補充、または体にエリスロポエチンをつくらせる薬剤の投与を行います。1980年代後半に注射薬のエリスロポエチン製剤が利用可能となり、腎不全患者さんの貧血の状態はかなり改善されています。また、最近になってエリスロポエチンを体内でつくらせる経口薬も開発され、使えるようになりました。 -
注射は痛いので可能なら避けたいです。経口薬を希望することはできますか。
-
できる限り患者さんの希望を考慮して処方しますが、経口薬の場合、種類によって服用回数が異なります。1日1回服用のものもあれば週3回服用の薬剤もあり、高齢などで飲み忘れが心配な患者さんには、ご自身で服用する経口薬よりも外来で投与する注射薬の方が向いている場合もあります。注射薬は痛みを伴いますが、PDの受診に合わせ医療従事者が注射するため、確実性が高いです。まずは主治医にご相談ください。
-
貧血対策として気を付けておくことはありますか。
-
普段から胸がドキドキするような症状が出ていないか気を付け、検査結果についても確認するようにしましょう。
-
食事などで注意する点はありますか。
-
鉄分が多いからとレバーを多く食べる方もいますが、レバーには尿酸が多く含まれているのでお勧めはできません。また、食事で鉄分をたくさん摂取しても、体内にはあまり吸収されないことが分かっています。透析を行っている患者さんは腎機能が低下しており腎性貧血の方がほとんどですので、食事で対処するのは難しいと思われます。薬物治療を行った上で、バランスの取れた食事を心がけましょう。また、血液が濃くなり過ぎると脳血管障害などの原因にもなりますので、制限を超えない範囲で水分摂取を行い、脱水にならないよう気を付けることも大切です。
-
PD患者さんに向けてのメッセージをお願いします。
-
普段から主治医となんでも相談できる関係をつくっておくことが大切です。また、適切な塩分摂取(適塩)なども含めた自己管理を心がける、体調不良時は速やかに受診するなど、自ら治療に取り組むのがよいと思います。普段の生活の中でやりたいことがあるからこそPDを選ばれたと思いますので、できるだけ長くやりたいことができるよう努力していただければと考えています。
貧血とは
貧血の治療
貧血の予防、日常生活で注意すべき点
京都市立病院の取り組み
腎代替療法の選択に当たり、医師や看護師と患者さんが一緒に治療法を決めるShared Decision Making(SDM)をしっかり行っている同院。腎臓病教室※では全般的な知識の伝達、腎代替療法選択外来では看護師が個別に情報提供を行い、患者さんとコミュニケーションを取りながら納得のいく治療を選べるよう支援しています。
また、超音波診断技術に優れる同院では、細い血管の描出や留置カテーテルの感染状況を確認する際に、超音波診断を活用し早期診断につなげています。さらに、将来に向けて腹膜カテーテル挿入術を腎臓内科医が行う体制の構築を目指し、患者さんの細かなニーズやカテーテルトラブルにも対応できる人材づくりに努めています。
※現在は新型コロナウイルス感染症対策のため希望者がいる場合に開催