巻頭特集
腹膜透析の情報誌「スマイル」
2021年スマイル春号 腹膜透析(PD)患者さんに役立つ特集記事です。
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。
埼玉医科大学総合医療センター
- 小川 智也 先生
腎・高血圧内科 准教授/血液浄化センター長 - 小林 清香 先生
メンタルクリニック 講師/臨床心理士
写真:左から小林先生、小川先生
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新型コロナウイルス感染症の流行が拡大し生活が一変していますが、PD患者さんにはどのような影響が見られますか。
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小川先生漠然とした不安を訴える患者さんが多く見られます。流行蔓延期には新型コロナウイルス感染症の話題であふれ返っており、どの情報が正しいのか分からずに惑わされ、気持ちが不安定になった方が多かったのでしょう。また、もともと抱えている体調や透析治療についての心配に、新型コロナウイルス感染症という未知の病気への不安が加わることや、新型コロナウイルス感染症は基礎疾患があると重症化しやすいことが示されていることも、患者さんが不安に陥る要因となっています。さらには、感染して差別や偏見、誹謗中傷の対象になることへの危惧もあるようです。
血液透析(HD)と比べてPDは通院回数が少なく、感染リスクの面でメリットがあるといわれますが、「不要不急の外出を控えるように」と言われて外出するのが不安になり、通院を自粛した方や、散歩にすら行かなくなった患者さんも見られるなど、過度な不安から悪循環に陥ってしまう方も出ている状況です。小林先生新型コロナウイルス感染症は新しい病気ですから、得体が知れず誰もが不安に思うのは当然のことと考えられます。また、小川先生が説明したようにテレビやインターネットを通じさまざまな情報が流されています。正しい情報を得ることは大切ですが、整理できないほど情報を得すぎたり、過剰に不安をあおるような情報には注意が必要です。自分が信頼できると思う番組やサイトを絞り、時間を決めてチェックするとよいでしょう。ずっと見ていても情報はそんなに更新されないものですし、ネガティブな話題から上手に距離を置くことも必要です。
また、こころと体は連動しているので、体調が悪いときは気持ちも落ち込みますし、体が元気になっていくとともに気分も良くなります。
また、気分が落ち込むと自分のことなんてどうでもよいという気持ちが出てきて、自身を大切にする行動(毎日の健康管理など)が取れず、体調が悪くなるという悪循環に陥りがちです。コロナを心配するあまり、体調が悪くなるようなことがないよう注意しましょう。 -
外出を控えるPD患者さんが増えていることに対して、どのようにお考えですか。また、どのような対策をすればよいのでしょうか?
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小川先生患者さんに話を聞くと、感染しないようにあまり外出していないと答える方がほとんどです。しかし、感染を怖れて家に閉じこもってばかりいると体力や筋力が落ち、フレイルになることがあります。一般に言われるように「3密(密閉・密集・密接)を避ける」「マスクをする」「手洗いをする」、大人数での会食や人混みを避けるといった感染防御をしっかりと行っていただく必要はありますが、その上で、平日の昼間に人が密集していない場所を散歩することなどは、ぜひお勧めしたいですね。また、家でできる運動を行うのもよいと思います。
私は外来診療の際、患者さんに「今できることを、自信を持ってやりましょう」と言い続けています。ぜひ、PD治療や運動は自信を持って継続していただきたいですね。小林先生腎代替療法の選択時に、旅行なども含めた活動的な生活を目的にPDを選んだ方も多いと思います。現状ではやりたいと思っていたことを実現するのが困難な場面も多いでしょう。ですが、できないことを思い悩んでも出口はありません。信頼する先生とともに自分の意思でPDを選択したという当時の気持ちを思い出し、今できることを前向きに考えましょう。コロナが落ち着いたら、やりたいことをすぐに始められるよう体力維持のために運動する、旅行のプランを練る、行きたいお店を調べるなどの準備をしておくのもお勧めです。嫌なことやネガティブなことを考える量を減らし、楽しいことを考えるための頭のスペースを空けるようにしましょう。
また、新型コロナウイルス感染症の影響でストレスが増えたにもかかわらず、その発散先がないのはつらいでしょう。これまでは友達と会っておしゃべりしたり、どこかに遊びに行ったりしてストレスを発散できていたのに、今はそれらを控えなければなりません。1日中家の中にいたり、職場と自宅の往復だけだったりと毎日同じような生活を繰り返し、何も変化がないように感じられることもあるでしょう。これはメンタルヘルス上、あまりよい状態とはいえません。そこで、日々の記録を付けることをお勧めします。おいしいデザートを食べた、好きな俳優の出るテレビを見た、晴れていて気分が良かったなどなんでも構いません。大きなイベントがなければ日記に書いてはいけないと思い込んでいませんか。ちょっとした出来事をメモするくらいの気分で始めてみましょう。記録を付けることで同じような生活の中にも小さな変化があることに気付けるようになります。小川先生毎日の生活の中から、医師やスタッフに向けて記録した事柄を受診のときにお話しいただくのもよいですね。私たちは患者さんの日々の様子を知りたいと思っていますし、雑談などのコミュニケーションは診療の上でも大事なことです。
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医療者に相談する際のポイントやアドバイスがあれば教えてください。
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小川先生外来診療の際、私は患者さんとなるべく話をするようにしています。しかし、忙しい私たちに遠慮してか、患者さんは言いたいことの1/10も言えていない気がします。患者さんにはもっと話しかけてほしいと考えますが、医師に話すのは難しいというのであれば、看護師などのスタッフにお話しいただければと思います。
小林先生患者さんが「○○はだめですよね?」と聞き、先生が「そうですね」と答える。こんなやりとりをよく耳にします。患者さんは忙しい先生には短く簡潔に尋ねようという意識が強く、質問がピンポイントになりがちです。「来月◯◯があるから、〜をしたいのですが」など、その質問をした理由を伝えることで、「では、こうしたら…」など別の答えが返ってくる可能性もあります。
また、診察室では体調や治療のことを優先して質問し、生活に関わることは後回しになる場合もあると思いますが、診療のたびに聞きたいと思っていながら聞けずにいることやずっと引っかかっていることがあれば、遠慮せず早めに質問するようにしましょう。その際のポイントとして、重要な話題は最後に回さず先に聞くとよいでしょう。事前に優先順位を付けるなど、質問項目を整理しておくことをお勧めします。 -
最後に、PD患者さんへのメッセージをお願いします。
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小林先生PD治療を行うことは重要ですが、PDが生活の全てではありません。自分らしさや好きなものを大事にしてください。また、こころの健康を保つには人とのつながりが大切です。コロナの状況下で人とのつながり方が変化していますが、用事がなくても友達に連絡をしてみるなど人とのつながりを大切にしてもらえるとよいと思います。
小川先生腎臓病や透析治療に携わっている医師・スタッフは、患者さんとともに病気と闘い、頑張っていこうと考えている人ばかりです。患者さんやご家族の方もぜひ私たちと一緒に頑張ろうと思っていただけるとうれしいです。あまり心配し過ぎず、医療者を頼ってください。お互いにコミュニケーションを取り合うことが重要です。
埼玉医科大学総合医療センターの取り組み
腎臓内科部門は、腎・高血圧内科と血液浄化センターで構成されており、HD、PD、特殊血液浄化療法、シャント血管の手術や修復を含め、腎関連疾患の診断・治療を総合的に行う体制が組まれています。埼玉県内最大規模の腎臓内科であり、約60人のPD患者さんに加え在宅血液透析(HHD)患者さんの診療も行っています。特筆すべきは、サイコネフロロジー※の観点からメンタルケアを重視していること。メンタルクリニックの精神科医や臨床心理士が積極的に関わるリエゾン・コンサルテーションを行い、患者さんをサポートしています。患者さんの希望に応じ臨床心理士が直接面談する心理カウンセリング(有料)も設定できます。臨床心理士は腎臓内科主治医と連携して患者さんの悩みを聞いたり、療法選択時にアドバイスをしたりと、患者さんのこころが平穏に保てるよう寄り添っています。
※サイコネフロロジー:慢性腎臓病(CKD)の患者さんやご家族は多くの不安や悩みを抱えていることが多く、特に透析治療を受けている場合はその傾向が顕著です。患者さんやご家族のこころの問題に対応するのがサイコネフロロジーという学問で、透析医療に関わる医療従事者とこころの専門家である精神科医、心療内科医、臨床心理士などが協働して取り組んでいます。
1990年に、精神科医で透析患者でもあった春木繁一先生らが中心となって日本サイコネフロロジー研究会を設立。現在では学会へと組織変更し、全国で腎臓病患者さんのこころのケアに対応できる医療が広がることを目指し活動を続けています。2021年2月には「未来の想像ーサイコネフロロジーの根を張ろうー」をテーマに第31回日本サイコネフロロジー学会学術集会・総会(大会長:小川智也先生)が開催されます。