巻頭特集

腹膜透析の情報誌「スマイル」

2021年スマイル秋号 腹膜透析(PD)患者さんに役立つ特集記事です。

記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。

災害対策

災害対策

毎年のように台風や水害、地震などの自然災害が起きている日本。患者さんが災害時でも安全に腹膜透析(PD)を続けるためには、日ごろの準備や心構えが重要です。今回の特集では、災害時の対応について積極的に啓発活動を行っている高松赤十字病院の取り組みを基に、災害対策と実践方法についてご紹介します。

お答えくださった方々

日本赤十字社 高松赤十字病院

  • 山中 正人 先生
    腎臓病総合医療センター長/腎不全外科部長
  • 中村 作美 さん
    腎臓病総合医療センター 北9階病棟 看護師
  • 北山 えりか さん
    腎臓病総合医療センター 北9階病棟 看護師

写真:左から中村さん、北山さん、山中先生

災害時のPDの特徴を教えてください。

山中先生血液透析(HD)に比べ、PDは災害に強い治療法だと考えています。PDでは1〜2日程度はバッグ交換をしなくても過ごすことができるため、状況が落ち着くまで待つ余裕があります※1。また、PDは在宅透析ですから、環境が整えば自宅や避難所などでバッグ交換を行うことができます。それらの点が、病院やクリニックが被災してしまうと治療ができないHDよりも有利だといえます。

※1 災害時の特別な状況下での対応です。災害時の対応については日ごろから主治医と確認をお願いします。
(腹膜透析液の用法・用量は添付文書をご確認ください)

災害時の対応法についてPD患者さんに指導していますか。

中村さん2005年に当院のPD患者さんに災害時の備えに関するアンケートを行ったところ、多くの方が災害時のバッグ交換や対処方法に不安を感じていることが分かりました。そこで、災害対策用のパンフレットを作成し、防災の日(9月1日)前後に災害勉強会を開催することにしました。以来、災害勉強会を毎年開催しており、今年で17回目になります。

災害勉強会ではどのようなことを行っていますか。

中村さん最初は医師や看護師による災害時の対応・備えに関する講義と、自宅で準備すべき物品の展示が中心でした。しかし、毎年、災害勉強会に参加される患者さんやご家族もいるため、少しずつ内容を変えたり、楽しんで学んでもらえるような工夫をしたりしています。例えば、災害発生時のカテーテルトラブルや透析液バッグが破損した際の対処法、避難方法などを患者さんに体験してもらう、使い捨てカイロを使った透析液の温め方の実験などです。また、停電復旧の見込みがなく避難する場合に、自分ならどう動くかを患者さん自身に考えてもらい、実際に行動するシミュレーションも行いました。

北山さん昨年の災害勉強会は新型コロナウイルス感染症予防対策の一環で避難訓練などは行わず、代わりに事前に私たちを含め当院スタッフ3人が香川県防災センターを訪問し、バッグ交換中の地震発生を想定した体験映像を作成して流しました。地震が発生した際にパンフレットなどに記載してある理想的な行動を取ることができるか、デモ機を使ってチューブにつながれた状態で確かめてみようとしたのです。しかし、あらかじめ地震が起こると分かっていたにもかかわらず、揺れ始めた途端にパニックに陥ってしまい、クランプするのを忘れて切り離そうとしたり、手が震えて切り離し操作ができなかったりと、全く落ち着いた行動を取れませんでした。地震体験をしてみてマニュアル通りには動けない、地震発生時に透析液バッグを切り離して逃げることは難しいと考えるようになりました。

中村さん地震体験から、まず自分の身を守ることが何よりも大事であることが分かりました。それからはマニュアルに則った理想的な避難方法や処置の仕方、対応方法はもちろんお伝えしていますが、「地震で揺れている間は何もできない。まずは自分の身を守ることが何よりも大事」と強調しています。

他に強調して伝えていることはありますか。

中村さん災害勉強会では暗幕を張って暗室をつくり、停電時の部屋を再現してみました。患者さんに暗室に入ってもらい、停電時のバッグ交換を体験してもらったのですが、これも実際にやってみると懐中電灯の光だけではとても難しいことが分かりました。また、暗闇では切り離し操作もできませんでした。懐中電灯を準備していない患者さんが多いことも判明したため、懐中電灯を用意し日ごろから手に取りやすい場所に置いておくようお伝えしています。

切り離し操作が難しい場合、どのように対応すればよいか教えてください。

中村さん「切り離しができない場合は、取りあえず透析液バッグをそのまま持って逃げましょう」と伝えています。慌てて切り離すと、チューブの先端に不用意に触ってしまったりして不潔になる危険性があります。切り離しを急ぐ必要はありませんので、気持ちが落ち着いてから行えば大丈夫です。ただし、クランプを閉めることは忘れないでください。

食事に関して伝えていることはありますか。

北山さん災害時にバッグ交換ができない間は、通常よりも食事制限が必要になる場合があります。また、塩分摂取量を考えた食事が大切ですので、食品表示されているナトリウムから塩分量を算出する計算式を教えて、普段から塩分量を意識していただくよう伝えています。

中村さん災害時に避難所でよく配給される食品を取り上げて、どのような食品を選んだらよいのかクイズ形式で学んでもらっています。例えば、おにぎりの具は、梅、ツナ、昆布のうち、どれを選びますかという質問では、食塩の量だけでなく、エネルギー量やカリウムなど総合的に判断して、答えは「ツナ」。そのほか、パンやお弁当、缶詰、栄養補助食品などでも同様に考えてもらいました。

非常持ち出し袋をつくるときのコツやPD患者さんが準備しておいた方がよいものがあれば教えてください。

中村さん非常持ち出し袋(リュックサック)に物を詰め込み過ぎると重くて背負えないことがあります。また、透析液は重いので、落ち着いてから取りに戻るか避難所に配送してもらうようにすれば身軽に避難できます。PD患者さんは一般の人の持ち物に加え、出口部ケアや手指の清潔を保つために、アルコール消毒液などの衛生用品を入れておくとよいでしょう。ただし、不衛生な場所でのバッグ交換や出口部ケアは避け、落ち着いてから行ってください。他に、PDの治療や服用している薬の内容が分かるメモなども必ず入れておきましょう。

北山さん普段から自分の体の状態を知っておくことが大切です。血液データなどはコピーを取り、検査のたびに入れ替えることをお勧めします。また、体重も把握していると役立ちます。

中村さん災害勉強会では非常持ち出し袋(リュックサック)を背負う体験も行いました。必要な物が多く1人では持てない場合、小分けにして誰かに手伝ってもらうなど、あらかじめ決めておくとよいかもしれません。私も毎年、災害勉強会の準備時に非常持ち出し袋の内容を点検し、保存食を入れ替えています。ご家庭でもできますので、1年に1度非常持ち出し袋の中身を確認すること、重過ぎて持って逃げられないことがないよう背負ってみることをお勧めします。

災害に備え、普段から練習しておいた方がよい手技などはありますか。

北山さん自動腹膜透析(APD)を行っている患者さんであればAPDができない場合に備え、持続携行式腹膜透析(CAPD)の手技を練習しておくとよいでしょう。

中村さんAPDの患者さんでも、導入期にはCAPDで開始しているため、やり方は知っているはずなのですが、忘れてしまっている方も多いようです。可能であればCAPDの手技を知っておいた方が災害時に役立つと思います。

災害発生時にまずすべきことを教えてください。

中村さん命を守ることが1番です。命を落とさない行動を心がけましょう。

どのような状況になったら、バッグ交換を再開してもよいのでしょうか。

中村さんバッグ交換は明るく衛生的な場所で行っていただきたいと思います。暗室を体験してみて分かりましたが、暗い場所ではバッグ交換はできません。しっかり明かりが確保され、自分の目でいろいろなものを見ることができる状況になるまで待ちましょう。また、明るくても不衛生な環境ではやめておきましょう。

北山さんバッグ交換は、最初に山中先生が説明した通り急ぐ必要はありません。無理せず、安全が確認できた段階で気分が落ち着いてから行うことをお勧めします。

避難所で長期間過ごす場合の注意点はありますか。

中村さん災害勉強会を開催するに当たり、避難所を運営する役場の人たちに話を聞きました。PD患者さんは見た目では腎臓病であることや透析を行っていることが分かりません。そのため必要な物があれば、患者さんの方から声をかけてもらいたいとの要望がありました。「状況によって全てに対応できないこともありますが、極力ご協力させていただきます」と役場の人からも前向きな回答をいただいています。まずはPDを行っていることやバッグ交換のためにどのような場所が必要かを伝えるとともに、必要な物があれば具体的にお願いするとよいでしょう。遠慮せず自分から申し出ることが重要です。

患者さんへのメッセージをお願いします。

中村さん日本は災害が多い国です。今後発生するかもしれない災害に対して不安がない人はいないと思いますし、在宅治療を行っている患者さんであればなおさらです。患者さんの不安が少しでも軽減し、安心して在宅で治療を続けていくためのお手伝いをしていきたいと思います。

北山さん災害時にどのように行動すればよいか、イメージするのはなかなか難しいと思います。災害勉強会などを開催しているところがあれば、参加してみるとよいかもしれません。また、この特集を参考にあらためて災害に対する意識や備えを確認し、災害時に何ができるのかを自分で考えてもらえればうれしいです。

山中先生新型コロナウイルス感染症が流行していますが、HD患者さんに比べるとPD患者さんの感染率は低いと報告されています※2。PDは在宅透析ですから他の人との接触が少なくて済み、いわゆる3密を避けることもできます。最初に説明した通りPDは災害に強い治療法ですが、災害だけでなく未知の感染症に対しても強いといえるかもしれません。それらを含め、PDはとてもよい治療法ですので、患者さんには自信を持って続けていただきたいと思います。そして、家族や友達とともに楽しく生きていってもらいたいと考えています。

※2 参考データ:日本透析医会・日本透析医学会・日本腎臓学会 新型コロナウイルス感染対策合同委員会報告の「透析患者における累積の新型コロナウイルス感染者の登録数」(2021年7月22日時点)など

腎臓病総合医療センタースタッフの皆さん
腎臓病総合医療センタースタッフの皆さん

高松赤十字病院のPD治療への取り組み

2007年からPDファーストの考え方に基づき、積極的にPD治療に取り組んでいる高松赤十字病院。同院でPDを導入する患者さんは年々増加しています。PD治療を円滑に提供するための環境づくりやアプローチ方法について皆で学び、患者さんへのサポートを充実させてきました。「PD治療において、PD導入期にいかに円滑に治療を開始できるかは非常に大切と考えています。せっかくPDを選んでも、すぐにトラブルが起きてしまうと、患者さんが残念な思いをすることはもちろん、医師や看護師もPDをポジティブに捉えられなくなってしまう場合もあるでしょう」と話す山中正人先生。導入初期のトラブルや合併症の回避をPD治療における重要課題と位置付け、スタッフ全員の協力の下、診療・看護に当たっています。

日本赤十字社 高松赤十字病院

日本赤十字社 高松赤十字病院

〒760-0017
香川県高松市番町4丁目1-3
電話 087-831-7101(代表)

バクスターからのお願い

PDは医療機関に足を運ばなくても適切な場所と透析液・機材があれば治療を行えますが、このようなPDの強みを生かすためにも、日ごろからの準備をお願いいたします。

  • 平常時に、かかりつけの医療機関に災害時の対応についてご確認をお願いします
  • ライフラインの復旧には時間がかかることもあります。透析液や交換キット類の在庫について余裕を持てるよう、主治医とご相談ください
  • 電源を必要とする機器をご使用の方は、停電時の対応についてあらかじめ災害対策マニュアルやかかりつけの医療機関でご確認をお願いします。日ごろから機器本体やエネループの充電、予備のエネループの準備をお願いします(※お使いの機器によって停電時の対応が異なります)

なお、バクスターは災害時(震度5強以上の地震、台風、豪雨、噴火などで安否確認が必要とされた場合)には、サービパックグループの担当者から安否確認や治療継続の可否、透析液やキットの在庫状況確認のお電話を差し上げます。以下のような場合には必ずバクスターまでご連絡ください。

  • 避難場所などに移動して、いつものご連絡先にいらっしゃらない場合
  • 透析液が不足するなど至急連絡を取る必要がある場合
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