巻頭特集
腹膜透析の情報誌「スマイル」
2017年スマイル冬号 腹膜透析(PD)患者さんに役立つ特集記事です。
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。
日立製作所日立総合病院
- 植田 敦志 先生
腎臓内科主任医長 兼 腎臓病・生活習慣病センター センター長 - 森永 美智子 さん
看護局看護師長 - 沼野上 由紀 さん
リハビリテーション科主任、理学療法士
写真:左から、森永さん、植田先生、沼野さん
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PD患者さんが運動を行うことの意義や効果を教えてください。
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植田先生PD患者さんも含めた慢性腎臓病(CKD)の患者さんにとって、運動をすることの意義は、第一に健康寿命が延びることです。加えて、日常生活動作(ADL)を含めた身体状態の維持や改善、さらに精神的な面でも、メリットがあると考えられます。保存期から透析期まで、どのステージでも食事療法と並んで運動は治療の基本で、ステージに合った運動を取り入れることで効果が期待できると考えています。
例えば血液透析(HD)患者さんに対する当院での取り組みでも、透析中に仰臥位用エルゴメーターを使って運動をしていただくなどの介入により、透析中の血圧低下率の改善、体力や栄養状態の回復、意識の変容などが見られました。
PD患者さんにおける運動の効果に関する研究は、世界的にもまだほとんど行われていませんが、HD患者さんに対する運動の効果を見ると、同じような意義や効果があると考えられます。 -
実際に運動を始めるために大切なことは?
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植田先生腎臓病の治療や療養生活において、以前は安静にしているのが最も良いと考えられてきましたが、現在では逆に、運動が重視されるようになっています。ですから、PD患者さんもできるだけ日常生活に運動を取り入れるべきだということを知ってほしいですね。
患者さんの中には、運動をしたいけれども、どうすればよいか分からないという方も多いかと思います。今回お話をする「運動」とは、ただ体を動かすというものではなく、心肺機能や筋力を鍛えることにつながる運動です。そのためには、ウォーキングなどの有酸素運動とともに、レジスタンス運動(いわゆる筋トレ)を上手に組み合わせて行うことが大切です。
なお、運動の可否やその程度は、合併症などを含めた患者さん個々の状態によって異なりますので、運動を始めるときには、まずは主治医の先生に相談してください。 -
PD患者さんにお勧めの運動は?
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沼野上さん運動というと皆さん難しく考えてしまうかもしれませんが、まずはPDの手技を自分で長く続けるための体力維持を目標に、日常生活に運動を取り入れてみてはいかがでしょう(表)。
例えば、手技の中には握力が必要な場面もありますし、透析液を吊るすのにも筋力が必要ですよね。その筋力の維持を目指して、バッグ交換のタイミングで、運動を取り入れてもよいと思います。新しい透析液バッグを準備したときに、机から胸(できる方は頭上)に数回上げ下げしてみたり、排液の入ったバッグを捨てる前に床から持ち上げる動作を数回繰り返したりすることでも、腕や足の筋力トレーニングになります。また、排液の時間を利用して、ハンドグリップなどで、筋力トレーニングをするのもよいでしょう。最近では100円ショップなどでもいろいろな種類の筋トレグッズ(写真)が売られていますので、興味を持ったものから始めてもいいですね。ペットボトルに水を入れてもダンベル代わりに使えます。
こうした筋トレについては、今の自分が「これ以上の回数や重さではできない」と思うところまでやることで筋肉が付きます。負荷の軽い運動であれば、回数を増やして行うのがポイントです。表 PD患者さんにお勧めの運動
① 新しい透析液を机に用意したら、持ち上げたり置いたりを繰り返す 腕の筋トレ ② 排液バッグを床から持ち上げる動作を(スクワットのように)繰り返す 足の筋トレ ③ 排液をしている間、ハンドグリップやエキスパンダー鉄アレイまたは水入りのペットボトルでの筋トレを行う 腕の筋トレ ④ 外来の際、病院ではエスカレーターやエレベーターを使わず、階段を上り下りする 足の筋トレ
有酸素運動⑤ ウォ―キング
毎日の歩数プラス1,000 ~ 1,500歩を目安に歩く有酸素運動 ⑥ 踏み台昇降運動
3分間を目標に、段差の上り下りを繰り返す足の筋トレ
有酸素運動※運動の可否や程度は患者さん個々の状態によって異なりますので、主治医の先生にご相談をお願いします
※①②はお腹のチューブとつなぐ前、切り離した後に行ってください -
有酸素運動についてはいかがでしょう?
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沼野上さん簡単で誰でもすぐにできる有酸素運動としては、ウォーキングがお勧めです。まずは歩数計を用意してください。最近では、携帯電話やスマートフォンの機能やアプリに、歩数計があるので便利です。初めは、毎日の自分の平均的な歩数に、1,000~1,500 歩プラスした歩数を目指しましょう。雨の日であれば、部屋の中を歩いてもよいですし、階段の上り下りでも歩数を稼ぐことができます。あまり運動の習慣がない方が多いかもしれませんので、1日7,000 歩や1万歩といった、一般的なウォーキングの目標となる歩数にこだわる必要はありません。
もう1つお勧めできる運動が、いわゆる踏み台昇降運動です。自宅の階段や段差などを利用して、最初は30秒間でも構いません。最終的には3分間続けられるくらいになるとよいと思います。楽しみながら体を動かすという意味では、ご家族やお友だちとできるボーリングや卓球などもいいですね。 -
運動する際の注意点について教えてください。
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植田先生PD患者さんについては、カテーテルが引っ張られたり、出口部に圧力がかかったりする動きは避けてください。具体的には、筋トレでも腕や足の筋肉を鍛える運動はお勧めできますが、腹筋などは避けた方がよいと思われます。また、床やベッドなどに、うつ伏せになって行うような運動も、推奨はできません。
森永さん運動をすると汗をかきますので、そのままにしておくと感染のリスクにもつながりかねません。そこで運動を終えた後や、汗をかいたなと思ったときは、出口部を清潔にして、いつものように丁寧に観察をするようにしてください。運動をすることと、出口部の清潔を保つことを、セットとして考えていただければと思います。
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運動に関して、PD患者さんへのメッセージをお願いします。
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森永さんPD患者さんはご自身で治療をされているので、自立度の高い方が多いように思います。ご自分の体の状態を考えながら、不安なことがあれば外来の際に主治医や看護師に相談をしていただき、運動を生活に取り入れてください。
沼野上さん義務感ではなく、体を動かすことに楽しみを感じていただきたいですね。無理はせず、自信を持ってPDを続けることを目標に、運動を習慣にしていただければと思います。
植田先生楽しく思えないと続けられませんから、運動を楽しんでほしいですね。そして、医師としては、PD医療と運動の関係について、さらに科学的なエビデンスを、今後明らかにしていかなければと考えています。
漫然と安静にしているのではなく積極的に運動をすることが重要
バッグ交換のタイミングも活用!!有酸素運動は、まずは歩くこと
義務ではなく楽しみとして医療者に相談しながら運動を!
日立製作所日立総合病院 腎臓内科の取り組み
CKDの保存期から透析期まで幅広く診療を行う同院では、腎臓病に対する運動療法にも積極的に取り組んでいます。保存期においては、運動療法を行う場として地域のフィットネスセンターと連携。腎臓専門医の紹介状を持った患者さんに対して、健康運動指導士の資格を持つ指導者によるマンツーマンでの指導が行われています。また、HD患者さんに対しては、透析時にエルゴメーターによる有酸素運動や筋力トレーニングを取り入れ、成果を挙げています。
「腎臓病の治療にはチーム医療が大変重要です。運動療法も、その必要性を患者さんが理解し、日常生活における考え方や習慣を変えて、運動を継続してもらえるように、医師、看護師、理学療法士、栄養士らも含めたチームで積極的に取り組んでいます」(植田先生)。