巻頭特集
腹膜透析の情報誌「スマイル」
2017年スマイル春号 腹膜透析(PD)患者さんに役立つ特集記事です。
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。
日本赤十字社医療センター
- 石橋 由孝 先生
腎臓内科 部長 - 上條 由佳 先生
腎臓内科医師(PD腎不全外来総括) - 栁 麻衣 先生
腎臓内科医師(血液浄化センター総括) - 藤本 志乃 先生
腎臓内科心理判定士 - 今井 早良 さん
透析看護認定看護師 主任
写真:左から、今井さん、栁先生、石橋先生、藤本先生、上條先生
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心を健康に保つことの大切さを教えてください。
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栁先生特に病を持たない健康な方でも、仕事や生活の悩みから心の健康を損なうことがあり、体が健康であっても、心の問題があると生活を楽しむことは困難となってしまいます。一方で腎臓病の患者さんは、通常の社会でのストレス以外に、食事などの生活の制限や透析を継続していくことの大変さなどのストレスを多く抱えた状態にあります。それらのストレスが原因となり、心の健康を保つことが困難な状態にあるといえるでしょう。特に、PD患者さんには自己管理が求められますので、心の健康を損なうと自己管理がおろそかとなり、結果的に体の健康も損なう方が多く見受けられます。体の健康を損なうとこれが不安となり、心の状態をさらに悪化させます。このように、腎臓病患者さんの心と体の健康には密接な関わりがあります。体はもちろん、患者さんの心が健康であるように、と思って日々の診療を行っています。
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PD患者さんにはどのような気持ちの状態や変化が見られるのでしょうか?
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上條先生PD患者さんは、月1時間の診療を受けているとするとそれ以外の99.9%はご自身で治療を含めた生活をされています。社会や家庭内での役割に加えて食事制限や薬、治療、出口部ケアなどの治療生活を毎日休みなく続けていくことは簡単なことではないと思います。
腎不全のような慢性疾患になると、それを受け入れるまでに「落ち込む」、「避ける」、「闘う」、「折り合う」、「受け入れる」といった5つの段階で気持ちが大きく変化していき、合併症や治療法の変更時にも気持ちの状態が変化することが知られています。 -
「落ち込み」の気持ちが強い場合にはどのようにすればよいのでしょうか
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藤本先生落ち込みの気持ちが大きいときには、何もしたくないといった無気力になったりします。こういう場合には休養を取った方がよいように思われがちですが、実はできることを1つでもいいのでやってみることが重要です。
また、体が安定していれば心も安定する、もしくは心が安定していれば体も安定するといわれています。不安が高まっている方には、「呼吸法」で体の緊張を緩めてあげることも効果的です(表)。上條先生お体の症状や睡眠状況、ご不安は医師や看護師に相談してください。一つ一つ解決していくことで気持ちも落ち着いてきます。
表 カウント呼吸法
- 鼻からゆっくり大きく息を吸い、おなかをふくらませます。
同時に「1・2・3・4」とカウントします - 軽く一瞬息を止めます
- 口からゆっくり息を吐き、おなかをへこませます。
同時に、「5・6・7・8・9・10」とカウントします
- 鼻からゆっくり大きく息を吸い、おなかをふくらませます。
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透析のことを考えることを「避けたい」という気持ちが強い場合にはどのようにすればよいのでしょうか。
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藤本先生実は人間は「考えないように」することで「考えてしまう」状態に陥ります。つまり自分の考えや感情と一生懸命綱引きをしているような状態になり、それが苦しさを生むのです。こういう場合にはその綱を一度手放してみることが重要です。そして1 つ考えてみてほしいことがあります。今後どのように生きていくのかということです。昔、どんなことにやりがいを感じていたかなどを思い出してみましょう。そして、その道筋を歩いていくためにできることを考えてみましょう。そうしているうちに綱を手放せ、うまく不安と付き合えるようになります。
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分かっているのについつい食べてしまう場合、どうやって自分をコントロールすればよいのでしょうか。
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藤本先生このような患者さんは多くいらっしゃると思います。行動をうまく変える方法についてご紹介します。例えば「ビールを飲む」という行動を減らしたい場合には、まずその行動の「きっかけ」・「結果」に注目します。その後「きっかけ」・「結果」を減らす方法や、「行動」の代わりとなりそうなものを見つけましょう(図)。
図 行動を変えるための分析と対応
上條先生「健康」というのは、医学的データなど身体面だけでなく心理面・社会生活面も含めてバランスよくよい状態を保つことをいいます。腎不全の患者さんは保存期からPDや血液透析(HD)、併用療法、腎移植、と治療の方法が変化します。感染や合併症に悩まされることもあると思いますし、それに対して大きく心が変化するのは自然なことです。
目の前のことを一つ一つ行っているうちに気付いたら不安が減っていた、という方や、やりがいやこれまで大事にしていたことを見直してみることで治療に向き合えるようになったとおっしゃる方、普段の行動や食事内容を書き出すことで自己管理がスムーズにできるようになった方などさまざまです。
心や生活にうまく折り合いをつけて治療を続けていただくのは難しいことだと思いますが、お一人で悩むのではなく、ご家族や医師、看護師にぜひご相談してみてください。これまで歩んでこられたお一人お一人の人生の方向性に沿って、PDを含めた「腎不全と共にある」人生をよりよい方向へサポートできることを願っています。
「不安があれば些細なことでも相談を」
看護師 今井 早良さん
日々の自己管理を頑張り過ぎて時々疲れてしまったり、在宅治療であるが故に孤独を感じたりすることはありませんか。また、ご自身以外のことでも、ご家族の体調面や家庭環境の変化等で心配事を抱える場合もあるかもしれません。
そのようなとき、私たち看護師はいつでも患者さんのそばに寄り添い、共に悩み、どうすればよいのかを考え、 支援する存在でありたいと考えています。一人で抱え込まず、どんなに些細なことでも構いませんので、心配事や不安は看護師に遠慮なく話していただきたいと思います。
決して一人ではありません。患者さんがPD を選択して本当によかったと実感し、不安なく治療を継続できるように、患者さんを支えていきたいと心から思っています。
透析を受けながら心身ともに前向きに、その人らしく過ごしていただくことが私たち看護師の願いです。
日本赤十字社医療センターの取組み
腎疾患の急性期から慢性期まで幅広く診療を行う同院では、「全人的総合的腎臓病・腎不全医療(Total Renal Care:TRC)」を方針とし、患者さんの身体面は当然のこと、支援者の方を含めた心理面、社会生活面も総合的に支援することを目標としています。
「 保存期から透析・移植と、長きにわたる治療生活の間には、患者さんやご家族の生活状況や気持ちにさまざまな変化が起こります。これまでの思い、今後の希望など、その時々の状況を踏まえて、個々の患者さんに最適な治療法・腎不全医療を提供し、総合的にサポートすることで、患者さんには主体的で前向きな人生を歩んでほしいと考えています。そのために、医師だけではなく、看護師、心理士、栄養士、薬剤師、運動療法士など、同じ方向性の多職種のチームで診療に当たっています。治療が生活の一部となる腎疾患では、地域医療連携による地域一体型での支援も進めています」(腎臓内科部長・石橋由孝先生)。
腎代替療法では、その人らしい生活を維持しやすいPDに積極的に取り組む同院ですが、生きがいやライフスタイルも考慮し繰り返し面談を行って主体的な治療選択を支援するなど、治療法選択の場面でもTRC が実践されています。