巻頭特集
腹膜透析の情報誌「スマイル」
2017年スマイル秋号 腹膜透析(PD)患者さんに役立つ特集記事です。
記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。
東海大学医学部付属八王子病院
- 角田 隆俊 先生
腎内分泌代謝内科 教授 - 石田 真理 さん
腎内分泌代謝内科 医師
写真:左から、石田先生、角田先生
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CKD-MBDとは、どのような病気ですか。
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角田先生「慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常(CKD-MBD)」は、単なる骨の病気というだけではなく、きちんと状態をコントロールしていかないと、場合によってはその人の生命にもかかわる、さまざまな重い病気につながるということを、患者さんには理解していただきたいと思います。
まず、CKD-MBDの代表的な病気に、「二次性副甲状腺機能亢進症」があります。これは、腎機能が低下することで体内にリンが溜まりやすくなり、骨を作るための代謝を過剰に速くさせるもので、結果として骨の量が少なくなり、「線維性骨炎」を引き起こします。あるいは逆に、正常に骨を作るための代謝機能が低下してしまう「無形成骨」、「骨軟化症」といった病気が、現れやすいことも知られています。
このようにCKD-MBDは、多くの骨の病気を引き起こすものとして知られてきましたが、最近はそれだけでなく、血管の石灰化によって、生命にかかわるような病気を引き起こすことも分かっています。石田先生体の中でリンやカルシウムの代謝が異常を来すと、リン酸カルシウムが作られ、心臓や血管などに沈着する「異所性石灰化」が起こります。これが、動脈硬化の原因となるのです。「異所性石灰化」が心臓の血管で起これば心筋梗塞に、脳の血管で起これば脳梗塞や脳出血などの原因となり、患者さんの生命にかかわる大きな病気につながってしまうのです。
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放っておくとどうなりますか。
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角田先生CKD-MBDが自分の生命にかかわることもあるという自覚がない人も少なくありませんが、この病気は、患者さんに自覚のないまま症状が進む、いわば「サイレント・キラー」なのです。
石田先生今は特に問題や不自由を感じていないとしても、そのままにしておくのはとてもリスクが高いことなのです。将来の自分の健康や生命への投資だと考えて、しっかりと治療を受けていただきたいですね。
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CKD-MBDの治療について教えてください。
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角田先生CKD-MBDの治療で大切なことは、リンとカルシウムのコントロールです。人間の体にとって、リンは細胞膜を作ったり、神経の伝達をするなどとても重要な物質です。しかし、正常な状態では、必要以上に体に溜まらないように排泄でコントロールされています。一方でリンは、窒素やカリウムとならんで「肥料の三要素」とも呼ばれ、おいしいと感じる食物に深くかかわっている物質でもあります。
ある意味で現代は、「リン飽食の時代」ともいえるでしょう。食品添加物にはたくさんのリンが含まれており、しかもその量を消費者に表示する義務がありません。これにより消費者にとって普段の食事におけるリンの摂取量が、たいへん分かりにくくなってしまっているのです。
カルシウムについて、かつてはたくさん摂取することが推奨されていました。しかし最近では、取り過ぎは「異所性石灰化」を進めることから、適切な値でコントロールすることが求められています。石田先生患者さんには、検査結果の中でも、リンとカルシウムの値についてはなるべく気を付けて見るようにしてほしいですね。CKD-MBDの診療ガイドラインでは、リンは3.5~6.0mg/dL、補正カルシウムは8.4~10.0mg/dLが目標値となっています(表)。
治療は、食事療法と薬物療法が中心となります。まず食事療法では、安定剤や乳化剤などの食品添加物に多くのリンが含まれているので、加工食品やファストフード、コーラなどの清涼飲料水などは、できるだけ取らないようにすることが大切です。表 CKD-MBDにおけるリン、カルシウム、PTHの管理目標値
検査項目 目標値 リン 血清リン(P)濃度 3.5~6.0mg/dL カルシウム 血清補正カルシウム(Ca)濃度 8.4~10.0mg/dL PTH intact PTH 60~240pg/mLが望ましい※ ※あるいはwhole PTH35~150pg/mLの範囲に管理することが望ましい。また副甲状腺摘出術後は、PTH が管理目標下限を下回ってもよい
一般社団法人 日本透析医学会「慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常の診療ガイドライン」より -
注意した方がよい食べ物、飲み物はありますか。
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角田先生自然な食品に含まれる有機リンに比べて、食品添加物に含まれる無機リンは吸収率が非常に高いので、特に清涼飲料水は飲まないように心がけてください。
石田先生ファストフードよりも、バランスの取れたお弁当を、それよりもさらに良いのは、食材から自分で調理した食事です。コンビニ弁当や外食をできるだけ少なくし、リンの取り過ぎに気を付けるようにしてください。
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他に注意すべきことはありますか。
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角田先生食が細い方の場合は、リンを制限した食事では逆に生命予後が悪くなるということも知られています。ですから、日常的に食事が十分に取れないような人の場合はリンの制限食にとらわれず、むしろしっかりと食事をした上で、リン吸着薬を用いた薬物療法を適切に行うべきでしょう。
石田先生食事については、ぜひ管理栄養士による栄養指導を受けてください。薬は、便秘になりやすくなるなど、患者さんによっては飲みづらいと感じることもあるようです。もし飲めないようであれば、違う薬に替えることも検討できるので、医師に相談していただきたいですね。患者が薬を処方通りに飲んでいないことを知らなければ、状態が悪化したときに、医師はさらに薬を追加してしまうこともありますので。そして日常生活では、よく食べ、よく運動し、筋力を維持しましょう。
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PDで特に気を付けることはありますか。
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角田先生CKD-MBDのもう1つの治療は、しっかりと透析をすることです。腹膜透析(PD)の場合、リンの除去量は導入後徐々に悪くなることがあり、透析量が適切かどうかを見る指標の1つにもなります。
石田先生残存腎機能が保たれている間は、尿からリンが排泄されますので、初期のPDでの大きなメリットの1つとなります。残存腎機能を保つことは、CKD-MBDにとっても重要といえます。
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患者さんにメッセージをお願いします。
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角田先生医療従事者に任せきりでないPDを選択された方には、前向きな方が多いように感じます。残存腎機能や腹膜機能の変化に応じて必要となる治療についても理解して、前向きに取り組みながら、より良い生活を送ってください。
石田先生PDの特長とメリットを生かして、ぜひ元気な日常生活を送ってください。ご自宅で過ごせる時間を有効に使い、たくさん食べて、たくさん動いて、元気に前向きに生活を送っていただきたいですね。
CKD-MBDは単なる骨の病気ではなく長期的には生命にもかかわるもの
食事からのリンの取り過ぎを控える毎日の食習慣の改善が重要
PDのメリットを生かしより良い生活を!
東海大学医学部付属八王子病院腎内分泌代謝内科の取り組み
同院では、腎代替療法が必要な患者さんに血液透析(HD)、PD、在宅血液透析(HHD)を提供しています。治療法を決定する段階では、医療者と患者さんやご家族が一緒に選択肢について考え、ともに最適な治療を選択できるよう「シェアード・ディシジョン・メイキング(SDM)」の考え方を取り入れています。
またPDに関しては、高齢者への導入も積極的に行っている他、地域住民や開業医の方を対象に、知識の普及を目的とした活動を行うなど、地域連携にも取り組んでいます。さらに、透析患者さんのフレイル(高齢者で筋力や活動が低下している状態)を防ぎ、元気に生活を送っていただくために、リハビリテーションを取り入れるといった活動にも力を入れています。