巻頭特集

腹膜透析の情報誌「スマイル」

2022年スマイル春号 腹膜透析(PD)患者さんに役立つ特集記事です。

記事の内容、執筆者の所属等は発行当時のままです。

2022年スマイル春号 巻頭特集

知って防ごうPD関連感染症

腹膜透析(PD)患者さんにとって合併症の予防は、PDを続けながら充実した毎日を送る上で重要なことです。今回の特集では、多くの方が関心を持っている腹膜炎を中心としたPD関連感染症について取り上げ、基礎知識や予防策、早期発見・早期治療の大切さをご紹介します。良好な状態でPDライフを続けていただくための参考にしてください。

お答えくださった方

慶應義塾大学病院

  • 森本 耕吉 先生
    血液浄化・透析センター

腹膜炎の基礎知識

PD患者さんに発生する腹膜炎とはどのような合併症でしょうか。

腹膜炎は腹腔の中に菌が入って炎症を引き起こす合併症で、PD関連感染症の1つです。PD患者さんの腹膜炎は、ご本人だけでなく医療者にとっても重要性が高い感染性合併症です。それは、腹膜炎になるとPDをやめざるをえない場合があるからです。PDをやめなければいけない三大原因として、①水がたまる、②腹膜炎、③毒素がたまる−が挙げられます。PDは体内の腹膜を使ってゆっくりと水と毒素を除去する、ある意味マイルドな透析ですから、この3つの中では水や毒素がたまることは治療の性質上避けられない面もありますが、腹膜炎は避けられる可能性が高く、きちんと対策を講じるべきです。

なぜ腹膜炎になってしまうのでしょうか。原因を教えてください。

腹膜炎は感染症なので、どこから菌が入ってくるのかを考えると、主な原因は①不潔な操作に関連するもの、②カテーテルに沿って菌が侵入するもの、③腸内の細菌によるもの、④その他の感染症によるもの−の4つになります。
①はバッグ交換の操作時に手指や皮膚あるいは装置などに付着していた菌がおなかに入ることで感染を起こすものです。手が汚れている、マスクをしていない、機器や装置が不潔な状態になっている、バッグ交換時にペットがいるなど原因はさまざまです。また、チューブの損傷も原因となります。②は出口部感染・トンネル感染で、感染がさらに進行し、菌がカテーテル沿いにおなかに入ることで起こります。
一方、③では、消化管の中にいる腸内細菌がカテーテルに付着して感染を引き起こします。おなかにカテーテルが入っていない人では菌が付着する足場がないため、消化管穿孔や難治性腹水といった特殊かつ重篤な場合を除き、腸内細菌によって腹膜炎になることはめったにありません。④は、皮膚に起こる蜂窩織炎(ほうかしきえん)や、肺炎といった感染症の原因菌が血液中に侵入し、菌血症を合併することで腹膜炎を起こすケースです。③と同様、おなかのカテーテルが足場となり、血液中を流れてきた菌によって腹膜炎が生じます。当院でも、肺炎球菌による肺炎から同じ菌による腹膜炎になった患者さんがいました。肺炎球菌は菌血症を合併しやすいといわれています。

腹膜炎になるとどのような症状が出ますか。

一般的には、腹痛、腹膜刺激症状、発熱などが現れます。腹膜刺激症状とは、おなかの筋肉が固くなったり、腹部を手のひらで押し込んでぱっと離したときに痛みを感じたりするもので、一般の腹膜炎での代表的な症状です。しかし、PD患者さんは透析液でおなかの中を洗い流している状態にあるため、腹痛や腹膜刺激症状が出ない人も少なくありません。したがって、PD患者さんが腹膜炎を疑うポイントは、排液が濁ること(排液混濁)になります。排液混濁を発見したら、他の症状がなくても腹膜炎を疑うようにしましょう。脂質が多い食事やカルシウム(Ca)拮抗薬の内服で排液が濁ることがありますが、食事のせいだと思っていたら腹膜炎になっていたというケースもあります。排液が混濁していたら、腹膜炎と考えて対処することをお勧めします。

腹膜炎の予防

腹膜炎を予防する基本の考え方を教えてください。

先ほど説明した「どこから菌が入ってくるか」を考えると、どのように予防すればよいかが分かりやすいと思います。
不潔な操作に関連するものであれば、手指を清潔にする、マスクを着用する、環境を整備する、機器や装置をきれいに保つ、バッグ交換する部屋にはペットを入れないといったことが感染を防ぐポイントになります。カテーテルに沿った菌の侵入の予防には、出口部の管理をきちんと行い、出口部感染・トンネル感染を起こさないこと、起こした場合には速やかに対応し悪化させないことが大切です。
腸内の細菌については、便通の管理をしっかり行う、下部消化管内視鏡検査を受ける際は抗菌薬を予防的に内服するなどが重要です。予防内服用の抗菌薬は、PDの主治医から検査を担当する医師に連絡して処方されるよう手配しますので、PDとは直接関係がないと思われる検査の場合でも、検査を予定している方は必ずPDの主治医に伝えるようにしましょう。意外と落とし穴なのが、婦人科の内診検査で、やはり抗菌薬の予防内服が必要です。
予防が比較的難しいのが、その他の感染症からの腹膜炎です。まずは感染症にかかったり、けがをしたりしないように気を付けましょう。透析患者さんは皮膚のトラブルが生じる方も多いので、皮膚を清潔に保ち、乾燥による痒みが出ないよう十分に保湿し、普段から良好なコンディションに整えておくことが大切です。また、肺炎球菌ワクチンを接種するなど免疫力を上げ、感染症にかかりにくい体づくりを心がけてください。

腹膜炎予防策として患者さんに指導していることや普段から準備していることはありますか。

原因に応じた対策が大切です。当院での腹膜炎は不潔な操作に関連するものが多かったため、手指衛生、マスク着用、環境整備などを意識し指導しています。また、全例でPD導入時に鼻腔から検体を採取し、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の検査をしています。MRSAによる腹膜炎では有効な抗菌薬が限られるためです。
患者さんごとに指導方法も工夫しています。患者さんによっては、われわれ医療者側が予想しないようなアレンジや工夫をされている場合があります。例えば、出口部を洗うのに特別な水を使用してみた、出口部にドラッグストアで見つけた薬やハチミツを塗ってみたなどです。PDは主に在宅で行う治療ですので、自分の治療について意識して考えるのはとても良いことだと思います。ただし、出口部ケアなどの独自の工夫はPD関連感染症につながる可能性がありますので、何かアイデアを思い付いた際は、実行する前にまず医療者に相談してください。ポイントとしては、①指導されたことをきちんと行う、②指導されていないことは行わない、③工夫する場合は医療者に相談する−の3つを必ず守りましょう。

出口部の管理や感染対策の注意点を教えてください。

先ほど述べた腹膜炎対策の3つのポイントを守っていただくのが基本ですが、慣れで出口部のケアや手技が自己流になったり、ご本人やご家族の加齢や健康上の問題による影響で導入当時はできていたことができなくなったりするケースもあります。加齢の影響はゆっくりと現れるので、自分では気付きにくいものです。以前に比べ、やりにくさや見えづらさを感じることはないか、ご家族にケアをお願いしている場合は時間がかかるようになってきていないかなどを意識して、1年に1回など定期的に自分のやり方を医療者にチェックしてもらうと、リスクを減らすことができます。
また、出口部に関しよく受ける質問としては肉芽があります。肉芽は、それ自体に問題があるというより、肉芽から菌が侵入し感染が起きてしまうことが問題です。肉芽の形成は機械的刺激が原因だといわれていて、チューブの固定の仕方が悪いと形成されやすくなります。他の病気で入院し、体重が減ったり体型が変化したりすることでベルトラインが導入時と違う位置にずれてしまい、うまくチューブを固定できなくなり、肉芽ができやすくなってしまう例も珍しくありません。チューブの固定に不安を感じた場合は医療者と相談し、対処法を一緒に考えましょう。

早期発見・早期治療の大切さ

腹膜炎が疑われる場合はどうしたらよいでしょうか。受診の目安はありますか。

排液が濁っていたら、ただちに病院に連絡し受診しましょう。排液混濁があったのにおなかが痛くなかったので放置したところ、注排液ができなくなった方や急激に重症化して救急車で運ばれてしまった方もいます。自己判断で様子を見たりせず、すぐに病院に電話して指示を受けましょう。

受診する際の注意点を教えてください。持っていくべきものはありますか。

受診の際は必ず排液を持参してください。また、排液した後、新しい透析液をおなかに入れた状態で受診するのが望ましいと私は考えています。排液を調べると、多くの場合で腹膜炎を起こした菌の特定ができます。その菌に適した抗菌薬を使用することで、早期からより的確な治療が行えます。また、特定した菌から腹膜炎の原因を推測することも可能ですし、腹膜炎を繰り返さないための対策にも役立ちます。患者さんの中には、濁った排液を見て慌てて途中で排液をやめてしまったり、排液の状態を医師に見せるために携帯電話で写真を撮って液自体は捨ててしまったりする方もいらっしゃいますが、写真では菌の特定ができないので排液は捨てずに持参しましょう。さらに新しい透析液をおなかに入れて受診すると、追加で検体を採取でき、正確な診断が得られる可能性が高まります。
なお、当院では「腹膜透析 緊急時対応シート」を作成し、患者さんにお渡ししています。排液が濁っているとき、腹痛・下痢・発熱などの症状が非常に強いとき、チューブの破損やチューブからの液漏れがあるときなど、9項目にわたり緊急時の対処法を提示しています。このシートは医療者側でも共有しているため、夜中に患者さんが緊急受診しても当直医師が的確に対応できる体制を整えています。

腹膜炎の治療について教えてください。

基本的に入院で、抗菌薬を注射または内服で投与します。医学的には、抗菌薬は点滴投与でも腹腔内投与(腹膜透析液に混ぜて投与)でも効果は変わらない、とされています。同時に、排液から原因菌を探ります。最初に投与する抗菌薬は幅広い菌に対応できる組み合わせで行いますが、耐性菌の懸念がありますので原因菌の特定後はその菌に適した抗菌薬に変更します。抗菌薬の投与期間は原因菌や抗菌薬の種類によって異なり、2週間〜2ヵ月と一律ではありません。
一方、離島や山間部などにお住まいの方や施設に入所している方など当院への入院が難しい場合には、在宅診療医や訪問看護師のサポートを得て医療連携を活用して在宅や近医での治療を行うこともあります。

腹膜炎になるとPD治療に影響が出ますか。

腹膜炎の治療がうまくいかないとカテーテルを抜いて出口部を変更したり、PDをやめなければいけなくなったりするケースもあります。また腹膜炎を繰り返すと、炎症で腹膜の線維化が進行し、腹膜が劣化して透析の効率が落ちてしまうことがありますし、重篤な合併症である被囊性腹膜硬化症(EPS)のリスクが高まると考えられています。
このように腹膜炎はPD治療に大きな影響を与えますので、できるだけ腹膜炎を起こさないよう気を付けること、腹膜炎の兆候を早期に発見して早期に治療を開始することが大切です。

PD患者さんへのメッセージをお願いいたします。

透析治療は、皆さんの人生の目標(ライフゴールズ)を達成するためにあると私は考えています。腹膜炎を起こさないよう気を付けていただくことはもちろん大切ですが、防ぐのが難しい原因による腹膜炎を繰り返す場合などは、残念ながらPDを卒業することが適切な選択肢となるケースもあるかもしれません。1つ1つにこだわり過ぎずに、広い視野で治療を捉え、自分がやりたいことをかなえるための人生の一部としてPDライフを幸せに過ごしていただきたいと思います。

左から内山清貴先生、森本先生、中山堯振先生
左から内山清貴先生、森本先生、中山堯振先生

慶應義塾大学病院の腎不全治療への取り組み

100km離れた遠方からも患者さんが通院するなど広い医療圏をカバーする同院では、医療連携に力を入れています。患者さんが居住する地域の病院やクリニックと連携し、緊急時の対応や在宅患者さんのケアをお願いしています。腎代替療法の選択に当たっては、療法選択外来で担当医の説明に加え、看護師が面談を実施し、患者さんのより良い選択の手助けをしています。特に、PDを導入する患者さんには、腎臓内科医が最初から最後まで関わることを基本方針としており、カテーテルの埋め込みや合併症対策の手術についても腎臓内科医が担当しています。
また、併用療法に柔軟に対応している点も同院の特徴です。一般的に併用療法は、PDで開始し併用を経て血液透析(HD)に移行するという流れで行われますが、同院ではそれぞれの治療の長所を良いタイミングで利用するとの考え方で、PD・併用・HDを一方向ではなく行ったり来たりと、患者さんのライフゴールに合わせて変更しています。腎代替療法の再選択も視野に入れ、透析導入時だけでなく、透析中の患者さんに対してもShared Decision Making(SDM:共同意思決定)を実施し、全ての症例で症例ごとの腎代替療法の最適化に努めています。

慶應義塾大学病院

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〒160-8582
東京都新宿区信濃町35
電話 03-3353-1211(代表)

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